漫画『リエゾン』最終回ネタバレ考察|佐山が父に選んだ「診察」という名の愛
SNSで『リエゾン』完結の話題を目にし、慌てて最終巻を手に取ったあなた。
読み終えて、呆然としてしまいませんでしたか?
「えっ、これだけ?」
「もっと劇的な和解があると思っていたのに…」
深夜、静まり返った部屋で、そんなモヤモヤを抱えているかもしれません。
正直に言います。私も最初はそうでした。佐山先生と父親の確執は、この物語の最大のトピックの一つ。だからこそ、涙なしには読めないような感動的なラストを期待してしまうのは当然です。
でも、ページを閉じて静かな部屋で考えたとき、気づいたんです。
一見淡々としたあの結末に隠された、涙が出るほど深い「親子の愛」に。
この記事では、多くの読者が戸惑った「診察」という結末の意味を、物語の構造から紐解いていきます。
なぜ佐山先生は、父を抱きしめるのではなく、聴診器を当てたのか。
佐山先生が父への対応として「診察」を選んだ理由がわかったとき、あなたの胸のモヤモヤは、きっと温かい「納得」と「希望」に変わるはずです。
【ネタバレ】最終巻(21巻)で描かれた2つの「別れ」

まずは、最終巻(21巻)で描かれた物語の全体像を整理しましょう。
この巻は、大きく分けて2つのエピソードで構成されています。
- 緩和ケア編: 末期癌の母と、知的障害を持つ息子の「物理的な別れ」
- 診察編(最終話): 佐山卓と、余命わずかな父・高志の「精神的な別れ」
この2つのエピソードは、単に順番に並べられているわけではありません。
「緩和ケア編」と「診察編」は、対比と補完の関係にあり、2つで1つの大きなテーマを描き出しています。
緩和ケア編:物理的な準備と別れ
前半の「緩和ケア編」では、末期癌の母親が、自分が亡くなった後の息子の生活を案じ、奔走する姿が描かれます。
ここでの焦点は、「親亡き後」の具体的な生活基盤(ハード面)の確保です。
母親は亡くなりますが、息子はグループホームに入り、支援者たちに囲まれて生きていくことになります。悲しい別れですが、そこには「生活は続いていく」という現実的な希望が提示されました。
診察編:精神的な対峙と別れ
一方、後半の「診察編」では、佐山先生と父・高志の対峙が描かれます。
こちらは、具体的な生活の心配というよりも、長年の確執という「心の整理(ソフト面)」が焦点です。
父は病床にあり、死期が迫っています。絶縁状態だった二人が再会し、どのような言葉を交わすのか。読者の注目が集まる中、佐山先生が選んだ行動は、父を「診察」することでした。
■ 最終巻(21巻)エピソード対比まとめ
1. 緩和ケア編(母と子)
- テーマ: 物理的な別れ
- 焦点: 生活基盤の確保(ハード面)
- 直面した課題: 親亡き後の「生活」への不安
- 佐山の選択: 支援者との連携(リエゾン)
- 描かれた希望: 独りではないという安心感
2. 診察編(父と佐山)
- テーマ: 精神的な別れ
- 焦点: 心の整理・決着(ソフト面)
- 直面した課題: 親子間の長年の「確執」
- 佐山の選択: 父への診察(受容)
- 描かれた希望: 不器用でも愛は伝わるという救い
なぜ佐山は父を「診察」したのか? 涙なしの別れに隠された真意
ここからが本題です。
なぜ佐山先生は、死にゆく父に対して「診察」という、一見冷たくも見える行動をとったのでしょうか?
結論から言えば、佐山先生にとって「診察」こそが、父への最大の「許し」であり「愛」の表現だったからです。
「普通の親子」にはなれなかった二人
佐山先生と父・高志の間には、長年にわたる深い確執がありました。
父は、発達障害を持つ佐山先生を理解できず、厳しく当たり、結果として佐山先生を深く傷つけました。
そんな二人が、死の間際になって急に「ごめんね」「いいんだよ」と抱き合って泣く。
それは確かに感動的ですが、彼らの関係性においては「嘘」になってしまいます。
佐山卓と佐山高志という二人の関係性において、「普通の親子のような和解」は、もはや不可能だったのです。
聴診器を通じた「ハグ」
そこで佐山先生が選んだのが、「医師と患者」として向き合うことでした。
医師として父を「診察」する。
客観的に父の身体の状態を診て、その弱さを理解する。
それは、感情的なしがらみを一度脇に置き、「一人の人間」として父をありのままに受け入れる(受容する)ための儀式でした。
【結論】: 佐山先生の「診察」は、言葉よりも雄弁な「ハグ」だったと捉えてみてください。
なぜなら、不器用な彼らにとって、直接肌を触れ合わせることは難しかったからです。でも、聴診器という「管」を通すことで、佐山先生は初めて父の鼓動——その弱さや人間らしさ——に、安全な距離感を保ったまま触れることができた。あれは、彼らなりの精一杯のスキンシップだったのです。
こう考えると、父に聴診器を当てるあの淡々としたシーンが、急に温かいものに見えてきませんか?
「許す」ことはできなくても、「理解」することはできる。
完全な和解ではなくても、それぞれの形での「決着」はある。
佐山先生の選択は、私たちにそんな「大人の救い」を教えてくれています。
「親亡き後」の希望|緩和ケア編が示した残された者への救い
さて、もう一つのエピソード「緩和ケア編」についても触れておきましょう。
子育て中のあなたにとって、こちらの結末も気になるところではないでしょうか。
「私が死んだら、この子はどうなってしまうんだろう?」
そんな不安は、親であれば誰もが一度は抱くものです。
絶望ではなく、連携(リエゾン)による希望
緩和ケア編の結末は、決してハッピーエンドとは言えないかもしれません。母親は亡くなり、息子は一人残されます。
しかし、そこには明確な「希望」が描かれていました。
息子は、グループホームで支援者たちに囲まれ、笑顔を見せています。
これは、「親がいなくなっても、世界は優しくあり得る」というメッセージです。
親の愛は絶対的ですが、親だけが子供の全てではありません。
医療、福祉、地域……多くの人々が連携(リエゾン)することで、子供の命と生活は守られていく。
「親亡き後」の世界は、決して孤独な暗闇ではなく、多くの手が差し伸べられる場所なのだと、この物語は優しく語りかけています。
だから、今あなたが抱えている「私がいなくなったら」という不安を、少しだけ手放してもいいのかもしれません。
タイトル『リエゾン』が最終回で回収した本当の意味
最後に、この作品のタイトル『リエゾン』について考えてみましょう。
「リエゾン(Liaison)」とは、フランス語で「連携」「つなぐ」という意味です。
物語の当初、これは「児童精神科と他科との連携」や「医療と教育の連携」といった、実務的な意味合いで使われていました。
しかし、最終回を読み終えた今、この言葉にはもっと深い意味が込められていたことに気づかされます。
世代を超えた「想いの継承」
佐山先生は、父を診察することで、父から何かを受け取りました。
それは、父が経営していた病院(建物)だけでなく、父なりに抱えていた苦悩や、不器用な愛情だったのかもしれません。
そして佐山先生は、その想いを胸に、今度は自分が子供たちや、研修医の遠野志保先生へとバトンを渡していきます。
『リエゾン』とは、単なる医療連携のことではありません。
親から子へ、師から弟子へ、人から人へと、想いが「つながり、継承されていくこと」そのものを指していたのです。
佐山先生と父の関係は、決して綺麗なものではありませんでした。
それでも、確かに何かがつながり、佐山先生という素晴らしい医師が今ここにいる。
その事実こそが、最大の「リエゾン」なのかもしれません。
不器用な私たちへ。佐山先生が残してくれた「凸凹な希望」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
あの「あっさりした結末」の意味、少し腑に落ちたでしょうか?
佐山先生は、最後まで「完璧な息子」にはなれませんでした。
そしてお父さんも、「完璧な父親」ではありませんでした。
でも、それでいいんです。
完璧な和解なんてなくても、不器用なままでも、私たちは誰かとつながり、何かを残していくことができる。
もしあなたが、子育てや親との関係で「もっとうまくやらなきゃ」と自分を追い詰めているなら、佐山先生のあの背中を思い出してください。
聴診器一つで父と向き合った、あの静かな覚悟を。
完璧でなくてもいい。あなたなりの形で、愛を継承していけばいい。
『リエゾン』という物語は、そんな「凸凹な希望」を、私たちの心に残してくれました。
まだ最終巻を読んでいない方、あるいは一度読んでモヤモヤしてしまった方は、ぜひもう一度、この視点で読み返してみてください。
きっと、最初とは違う、静かで温かい涙が流れるはずです。
完結漫画専門レビュアー / Webライター
月間300冊以上の漫画を読破する「完結してから読む派」の筆頭。かつて愛読していた作品の打ち切りや未完放置に心を痛めた経験から、「読者が安心して物語の最後まで付き合える作品」だけを厳選して紹介する活動を開始。
「未完のまま放置される辛さ」を誰よりも知る同志として、絶対に損をさせない「完結保証」付きのレビューをお届けします
参考文献
- ヨンチャン (原作), 竹村優作 (原作). 『リエゾン -こどものこころ診療所- 第21巻』. 講談社, 2025.
- Job Medley. “児童精神科マンガ『リエゾン』作者は語る“. Job Medley Tips. (参照 2025-12-23).


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